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骨壺墓地文化と骨壺2125に関する考察。2016年の群発地震で倒壊した墓地から露になった正体不明の骨壺2125

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骨壺墓地文化 (英語: Urnfield culture )は後期青銅器時代(紀元前1300年ごろから紀元前700年ごろ)の、温帯ヨーロッパの一帯における主要文化。 遺体を火葬し、遺灰を骨壺に収め、天板や特別に意匠を施された蓋で骨壺を閉じ、武器や装飾品と一緒に墓所に埋葬する習慣がある。「骨壺墓地文化」という名称は、こういった墓地の形態に由来する。 丘や断崖の上、島、湖畔、などといった場所に、防御措置の施された集落を形成する。刀、カミソリ、ナイフ、鎌、針、兜、鎧、盾、容器などを青銅で作る。 この文化は複数の地方文化に分かれている。そのうち最も重要なのはルサチア・グループ(ないしルサチア文化と呼ばれる文化集団)で、ポーランド、ドイツ東部、チェコ、スロバキア、ウクライナ西部を占めている。ルサチア・グループは、プロト・スラヴ人の文化のひとつとみなされる トシュチニェツ文化の後継文化である。 墓地に埋葬されていた亡母の命日に寄せて 五條清隆

【わたしの原子力秘史シリーズ 続編その27】水戸から東海村に行く通勤の途中でみる風景の中で、東海村JCO事故がおこったのです。

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私が東海村の原子力研究所に勤めていた時、水戸と東海村のあいだを自動車で通勤していました。 そして、水戸から東海村に行く途中にJCOの会社がありました。 毎日、通勤の途中でみる風景の中で、この東海村JCO事故がおこったのです。 私は、JCO事故の約一年前に原研をでて、フランスに滞在していました。 ちょうど、コレージュドフランスの原子核物理研究室での加速器導入型原子炉未臨界燃焼(ADS)の研究開発が始まったころです。当時の大学や研究所にいたほかの人々からもかなり奇異の眼で見られたことは事実です。指導研究員のジャックマイヤール(Jacques Maillard)CNRS職員には、この当時のいきさつをすべて話して、フランス外務省にも事情は伝わっており、私からみたレポート書類は渡してありますが、担当の職員によれば、なにがどうなっているのか皆目見当がつきかねる、というコメントがありました。 東海村JCO臨界事故 (とうかいむらジェー・シー・オーりんかいじこ)は、 1999年 9月30日 、 茨城県 那珂郡 東海村 にある株式会社 ジェー・シー・オー ( 住友金属鉱山 の 子会社 。以下「 JCO 」)の核燃料加工施設で発生した 原子力事故 ( 臨界事故 )である。日本国内で初めて、事故 被曝 による死亡者を出した。   東海村JCO事故で被曝し亡くなられた作業員の写真 【わたしの原子力秘史シリーズ 続編その27】 原子力委員会が原子力安全に無力、というのは実は本当なのです。 原子力委員会は原子力安全員会よりさきに作られましたが、安全に対する専門家を最初から集めていません。安全に関する議論はまったくなしで、どういう原子力計画をつくるか、という諮問をするのが役割。なので、原子力事故安全を専門的に諮問する安全委員会というのが別に作られた。 これがそもそもの嘘のはじまりで、原子力員会は原子力予算をあてこんだ政治主導、政治家の利権ポストですから、日本の原子力で事故が頻発するようになってからは、政治家ではなんにもできず、かつ、予算のとってこれる美味しいポストではなくなったので、事故処理や安全の面倒くさいことは原子力安全員会に丸投げするようになったわけです。 日本の民生原子力はアメリカの軽水炉ビジネスそのもので、アメリカからビジネス

【わたしの原子力秘史シリーズ 続編その26】STAP細胞事件、小保方さんの理研と原子核物理

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私がドイツにいるときに、知人を通して小保方さんがドイツで暮らしたいのでどうしたらよいか、という依頼のようなものがきました。私は、スタップ事件で故人となった笹井芳樹氏と大学で同学年です。スタップ細胞を支持するドイツのとある大学に縁があったのでこの依頼が舞い込んできたのですが、あいだにいた知人の事情で小保方さんには救いの手を差し伸べられませんでした。また小保方をネームとしてメディアで売りたい連中が群がってきて、日本人は一人一人が根っこまで腐っている、と感じます。 小保方晴子さんが洋菓子店に勤務し雀荘通い!?もう1つの意外な趣味とは https://asagei.biz/excerpt/11063 【わたしの原子力秘史シリーズ 続編その26】 理研ついでに思い出されるのが、谷畑事件。谷畑勇夫氏は原子核物理分野のスター的存在であった。下記のような事件によって理研からは追放されたのだが、これは、当時行われていた理化学研究所の研究機構改革と絡む、といわれている。2000年以降に、日本ではノーベル賞受賞者が続出するのだが、その一人、化学分野の御大野依良治氏を理化学研究所の新理事長にもってきた。世に言われる野依効果で、野依氏にたいしてもその反発が巷に聞かれるようになったのが、昨今のSTAP細胞事件、もしくは、小保方事件。 しかし、これには伏線たるものが脈々と流れていて、そもそも、野依良治氏以前の前任者がだれであったかを思い出すと、東大総長、参議院議員、文部大臣をもつとめた有馬朗人氏につきあたる。原子核物理の分野では草々たる業績を残した人だが、今日でいうところの科学技術基本法(計画)、科学と行政の接点を現在のように肥大化した物に成し遂げた業績もまた彼に由来する。 2004年2月 谷畑勇夫・前理事(56)の研究費不正流用(約526万円)と、環境型セクシュアル・ハラスメント(部下の特定の女性 研究者との交際)が発覚する。”前理事は先月14日付で依願退職したが、理研 は計366万円の返還を求めると共に、理事としての約230万円の退職金を支給しないことや、 今後理研にかかわる研究に従事させないことなどを決めた。”